和宮様御留    再掲

 ナイトキャップ用「和宮様御留」本日やっと読了。
ご案内の女流大作家 有吉佐和子の傑作の一つ。
題名だが、昔、周囲の誰かが「和宮様おんとどめ」と言ったのをそのまま覚えていたが、今回ご縁があって初めて「おとめ」だと判明。お恥ずかしき限りなり。
御留とは、覚え書き、備忘録くらいの意味らしい。書き留めておく-対象が宮様なのでが付くんだろう。

 史書を詳しく調べた訳ではないけれど、和宮にはミステリーが付きまとっている。曰く、足が不自由だ、いや普通に歩いている、手は正常だ、いや左手首がない、カラスの濡れ羽色の髪だ、いや赤毛だ、色白だ、いやさにあらず浅黒い、京都弁だ、いや関東風の訛りだ・・・・
 ああ面倒くさい! 有吉の作家的想像力により、三人の和宮!が登場する、とだけ言っとこう。

 御所言葉には、当初戸惑った。小生何を隠そう関西出身だが下々の出につき、上つ方の言葉には馴染みがない。だから、日本語なのに「見る」ことが出来ず「読んで」いたから読了まで時間がかかってしまった。意味が分かります? 我々日本人の大人は、日本語は一つ一つ「読む」んじゃなく「見」ている筈です。ところが小生などハングルは、それこそ一文字ずつ「読」まねばなりません。そういう意味です。

 38歳?にして初めて知ったことども:
天皇の娘として生まれたら即 内親王 と思っていたが、内親王宣下 を受けないと、ただの宮様だということ。  今の皇室典範では、どーなってるか知らない。誰方かコメント下さい。
天皇の呼び方 蒙去されて初めて昭和天皇と呼び、今の天皇は平成天皇とは呼ばず今上陛下とお呼びするぐらいは知っていたが、昔は当今(とうぎん)さんと呼ばれていたことは知らず。
和宮の生母、観行院の実家橋本家は宰相中将という中位の格式だが年収は200石ほど。これでは、昔の日銀総裁 一万田尚登さんが退任後の暮らしぶりを聞かれて答えていたように「体面を保つのが精一杯」だったろうね。

 仁孝天皇の皇女にして徳川期最後の孝明天皇の皇妹。公武合体(高校の時、日本史の授業では、こう習ったが本書では、公武ご一和、となっている。)政策により、徳川14代家茂に降嫁、21歳で寡婦となり、静寛院宮として麻布の御殿で暮らし、32歳で入寂。


有吉佐和子 「げいしゃわるつ・いたりあの」 読了
  読むべくgetしてあるもの「華岡青州の妻」「恍惚の人」「江口の里」「真砂屋お          峰」「ぷえると日記」「連舞・乱舞」

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by tsc-edotyuu | 2005-02-09 11:56 | 乱読
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