田辺聖子「姥ざかり」読了

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76才、歌子さんの痛快な毎日。
西宮の大きな家を長男にあげ、自分は東神戸の新しいマンションに住む、歌子おばあちゃん
の、快適な、気随気ままな、たのしい生活。そうそう、おばあちゃんと呼ぶと怒られる。
 歌子さんの独白によれば、「天満の小商人」の家から船場の大店に嫁してきた歌子さん、
船場出身でないことで、散々姑に意地悪(いけず)されるが、終戦で世の中がガタガタになってしまうと、舅はフヌケになり、姑はドッと老け込み、亭主はアカンタレでものの役に立たない。船場の古いしきたりなど屁とも思わない歌子さんが番頭とともにガッツで頑張り、同業者が没落していく中、暖簾を守り抜き、ビルまで建てる。会社組織になった商売を長男に譲り、「ツツ一杯生きてきたんやから、あとは好きなように生きて何が悪いねん」と宣う。 
 歌子さんの朝食は、紅茶にトースト、目玉焼き、グレープフルーツ。トーストにはバターか
マーマレード、ジャムをつける。ジャムは浅間のグーズベリー、マーマレードは英国製のもの。
イギリス風のがっちりした椅子に坐り、海を眺めながら、ゆっくり食べる。
週に一度家政婦が来るが、毎日の小さい家事は自分でやる。TVを見たり、油絵を描いたり
習字を教えたり、英会話クラスに通ったり(教室では、ジェーンと呼ばれる)、フラ語塾へも。
(富良野塾に非ず)   結構忙しい毎日を送っている。

 田辺聖子の小説は、会話は勿論、地の文にも大阪弁が混じり、そのニュアンスが分かる人
にはとても楽しい。 以下、歌子語録を紹介しよう。

 1/4ボケ老人とのからみで。  世の中から取り残されたような連中とつきあっていると、時間のムダが多い。しかしまた、全くつきあいを絶つというのも淋しい。(姥ざかり)

 新興宗教に勧誘されて。私は、自分自信が教祖のようなものだと思っているから、あほら
しくて何を信ずる気もおこらない。 (姥ざかり)

 亡夫の法事のからみで。お花は、四季の花を玄関や床に飾れるから、習っているが、お茶
なんか、しんきくさい。ワビ、サビと言われても、カビの親類ぐらいの気がする。(姥ざかり)

 西宮の家でヒューズの交換も出来ない長男の嫁と。カメラにフィルムも入れられなくて、よく
も子供が生めたものだ。(姥ざかり)

 まだしも人間は、人のワルクチをいっているときの方が、聞く身としてはおもしろい。その人
間の度合いが、ワルクチをいうときに露呈するからである。(爺捨ての月)

 七十六までツツ一杯に生きて、自分より偉い人間があると思えるかッ!年を取れば自分で
自分を敬わなければいけない。(爺捨ての月)

 安ポリ(若いお巡り)に、おばあちゃんを連発されて。鹿皮で爪を磨いて、ラベンダーの絹の
部屋着を着て、海の見えるマンションで紅茶を飲もうという私を、安婆さん扱いしないでもらい
たい。。(爺捨ての月)

 何をどぬかす安ポリめ。婆さんなら貞操はないと思ってるのとちがいますか。(爺捨ての月)

 もうこの年になれば怖いもんなし、で、いやなことはしないのだ。仏壇のお守りもいや、法事
もいや、ワビ、サビ、お茶、日本趣味もいや、老人ッぽい色彩・風体もいや、老人のつきあいも
いや、なのだ。(姥日和)

 血のつながらぬ義理の縁者というものは、血縁の者より始末に困る。粗略にすると怒るし
親密にするほどの情味もわかない・・・。(姥日和)

 どうして、こんなに老人は私を死ぬほど退屈させるのであろう。(姥日和)

 女や婆さんなんてのは、決してホカの同性を讃めないし・・・(姥日和)

 コソ泥に入った大学生の泰クンと友達になる。親類のおしゃべり婆が来ると逃げ出す私が
泰クンが来ると、紫のコートに紫のスカーフなんか結んで小春日和の町へ繰り出すのである

 ハワイ旅行。ほんとうに年を取ると、円満具足どころか、腹立つことが多くなるものだ。
マトモな神経と教養、厚みのある人生キャリアを持った年寄りは、何かにつけてカッかとくる
ことが多いのだ。(姥嵐)

 旅に来たのか、亭主の世話に来たのか、あわれなものである。それにしても日本の男は、
つねに女に世話され、面倒を見てもらうのを保証されているのはなぜか。(姥嵐)
  
 私は、わが亭主、亡夫慶太郎の無能凡庸に懲り、息子らの不出来にあきらめているから
どうしても、男が女よりエライとみとめたくないのだ。(姥嵐)

 やれやれ、よかった、ヤモメの楽しさ、うるさいバカ爺の世話で先短い人生を浪費するより、
なんという幸せであろう。よくぞヤモメになりにける、という所。(姥嵐)

 トシヨリ、老人、老婆、老醜、老残、老獪、老衰、おいぼれ、そういうコトバをやたら発する
ことはつつしんでもらいたい。いまはやりの熟年というコトバを使ってもらう。(姥野球)

 阪神には「負け」がよく似合う。(姥野球)

 元・店の事務員で処女の西条サナエ)私なんか、六十はまだ現役で働いていた。
六十は老人の中に入らない。女の美しい盛りである。(姥処女)

 気概のない人間は、自分が人を招ぶより、人に招ばれたがるのであるらしい。(姥処女)

 いちばん若いボーイフレンドの大学生の泰クンは「歌子おばさんは、お袋より面白い」と
ほめてくれるのである。(姥処女)

 長生きなんて、元々楽しくないものだ。古馴染みの死んでいくのを見るのが長生きということだ。(姥処女)

 戦後、戦災で何もかもなくなったところから、「何くそ」と力を出してがんばったのも、「船場
のしきたり」に反発して、しきたりと反対のことばっかりやったのが成功の原因だったと私は
思っている。昔ながらの商法では落伍していったにちがいない。(姥ごよみ)

 この後、姥あきれ、姥スター と続く。

長い引用、お退屈さんでおました



乱読状況 : 滝田ゆう 「寺島町奇譚」読み?始める。
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by tsc-edotyuu | 2005-03-26 13:44 | 乱読
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